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2010年10月20日 (水)

光とともに第2巻、あとがきより・・・

光とともに・・・が文庫本化され、単行本とはあとがきが違うってので、
私は楽しませていただいたのですが、

私の書いたあとがきを読みたいといわれる方がいらっしゃるので、では、こちらに書いておきましょう。

ノブの世界

2001年秋、我が家の一人息子ノブは20歳になりました。

今日も彼は前日に自分で書いたスケジュールにしたがって、元気いっぱいに地域の作業所へと出かけていきます。そして仲間たちと一緒に仕事に励むのです。

第1巻の最後、幸子さんが光くんに望んだ将来の夢「明るく元気に働く大人」になった「自閉症ノブ」の姿がここにあります。

ノブは昭和56年10月、超安産で生まれました。それからの発育は標準以上で、特に運動面の発達はすばらしいものでした。そんな順調な発育を、私たちは当たり前のことと思い込んでいました。ぼんやりとした不安が芽生えたのは、1歳半健診のときに「指差し」をしないと指摘されたこと。それから満点だった母子手帳の○はどんどん少なくなっていきました。ぼんやりとした不安が確信に変わったのは、2歳の誕生日を過ぎた頃。私の母親が危篤になり、看病のためにノブと1週間離れたときでした。仕事があるから主人は無理と、ノブは主人の両親に預けました。1週間ぶりに母の葬儀の席でノブと会ったとき、彼は私の前を素通りしていったのです。まるで母親の私が壁か何かの物体のように、まったく気にもせずスーッと通り過ぎていったのです。あの時のショックは今でも忘れません。すぐに手続きを取ってノブを連れて児童相談所へと行きました。

「自閉的傾向がありますね。」それが医師の診断でした。私はその聞きなれない言葉を、その先生の口の中に押し戻したくて、何度も何度も質問をしましたっけ。

その直後、転勤族の我が家は、心の整理もつかないまま知り合いのいない地へと引っ越すことになりました。あの日、新幹線の前で、これから始まる「自閉症児を育てる」という未知の人生にとてつもない不安を絶望感を抱えていたのを覚えています。でも、今でもよかったと思っていることは、私たちの「オープンに暮らす」という生き方でした。引っ越すたびに、近所挨拶のとき、ノブのことを告げて回りました。隠さず、正しく知ってもらう方法を取りました。おかげで我が家の、他の家とは少し違った親子のやりとり、生活の様子も、違和感なく受け入れてくれる隣人が多くなったと思います。しかしその一方、家の中では、私たちとは視線も合わせてくれない、オウム返しとわずかな単語のつなぎ合わせの言葉で会話も成り立たず、幸いなことに抱かれることを好むノブを抱き寄せて、いろんなものをメロディにのせて、歌遊びで覚えさせていたのを思い出します。あれが精一杯の母と息子のコミュニケーションでした。

そして転勤を繰り返す中で、ノブは小学生になりました。その頃住んでいた町の小学校の障害児学級は、ノブの入学とともに新設されました。教室は学校でも一番日当たりのよい場所に設置してくれました。ノブはその教室で、再び転校する4年生まで毎日を過ごしていました。学年があがるごとに靴箱は移動するものですが、ノブの特性を考えて靴箱は1年生のときに使っていた場所をそのまま「ノブ専用」で通してくれました。教室には、休み時間になると6年生のお姉さんたちがこぞって遊びに来、運動会のときなどはノブの周りにはたくさんの6年生が集まって、まるでハーレムのようでした。また、幼稚園の頃から一緒の男の子は、「ノブ君とは付き合いが長いからなぁ」と言って、さりげなくフォローしてくれたりしていましたっけ。昼休みにはみんなで連れ立って運動場へと出て行き、遊びます。そのなかに必ずノブの姿があったのは嬉しいことでした。本当にみんなにかわいがられて、統合教育を受けることが出来たと思います。

でも今振り返ってみると、あの頃ノブ自身は本当に毎日を楽しく過ごしていたのだろうか?と考えることがあります。彼にわかりやすくする工夫や、コミュニケーションを取るための配慮などは不充分だったのではないかと思います。それは学校でも、家庭でも・・・。気が付くと、遊びに来てくれた子ども達の輪の横で、ノブはひとり遊びをしている状態になっていることが多かったです。そして、ノブには自分に意思をこちらに伝えることが出来ないイライラがつのり、起こすパニック。そのパニックの意味がわからず、ただその暴力を押さえ込もうと力づくで格闘する両親。外に向かって「オープンな暮らし」をしている陰で、家庭の中では相変わらず理解の出来ない息子とのささくれた日々が続いていました。

自閉症についての情報が、今と比べてとても少なく、私たちはノブとどう付き合ったらいいのか手探り状態のまま、いろいろな療法や訓練を受けさせていました。「どうすればノブの思いを知ることが出来、どうすれば私たちの思いをノブに伝えることが出来るのか」。この、ノブと意思疎通をしたい!と言う想いは両親の中でずっとくすぶっていました。

そんな思いの中、ノブは再び転校します。小学5年生の時、養護学校の小学部に編入しました。そして中学部。2年生のときに思春期を迎えました。パニックや自傷行為。彼の中のエネルギーの噴出です。壁をたたいて穴をあける、ガラスは割る。ソファに頭をぶつけて大暴れをする・・・。高等部になり、担任になった先生からこれらの問題行動のほとんどがコミュニケーションがうまくいかないことに起因しているということを教わりました。同時に「ノブをラクにするためのコミュニケーション指導方法」も教わりました。

ノブとの会話の助け舟として「カード」「コミュニケーションブック」を使うこと、彼にスケジュールを伝えるのに、「ホワイトボード」「タイマー」を使うこと。こんな風に目で見てわかる物を使い、具体的な言葉を使うことで、今はコミュニケーションを取ることが出来つつあります。また、物事には終わりがあると言うことを伝え、そしてそれに伴う見通しをつけることがノブをとても安心させられることもわかってきました。もっとも大切だったのは、彼に「イヤ」と言ってもいいんだということを伝えたことです。嫌なときは暴れずに、「いやです」と拒否していいんだよ。それを理解して、ノブはとてもノビノビするようになりました。もっと小さい頃からこのことを伝えることが出来たなら、彼はもう少し早くラクになれたのかなと、両親は感じています。

今では、ノブはスケジュールを自分で立てて、毎日を楽しく過ごし、一般とは少し違ったやり方ですが、周りの人ともコミュニケーションを取りながら働いています。かつての指示待ちの息子とはまるで別人のように、自己主張の強い青年になりました。自分で決めて自分で行動する。そんな当たり前のことを楽しめるようになったのです。

もちろん、その行動のなかにたくさんのサポートは必要です。周りの支援を受けながら、彼は彼なりの生き生きとした暮らしを行おうとしています。

そんな過程で私がとても感動した言葉があります。それは私の主人、ノブの父親の言葉です。主人はとてもよく出来た夫であり父親です。だから当然私よりもずっと深くノブを理解して愛していると信じていました。ところが、ノブが15歳の頃、先生からいろいろと教わり、目からうろこを落としてノブとの付き合い方が変わってきた頃、主人は私にぽつんと言いました。

「ぼくは今までノブを愛したことは一度もなかった。ノブが可愛いと思ったこともなかった。ただ、ノブという自閉症児を授かった父親としての義務感で育ててきた。そして、主に子育てをしている母親のお前を、夫として支えなければならない、助けなければならないという使命感だけだった。いつも、ノブを見るたびに絶望感と刹那的な気持ちでいっぱいになっていた。でも、今は違う。ノブとのコミュニケーションの方法がわかった。ノブと一緒に楽しめる趣味を持つことも出来た。ノブのことが本当に理解できた気がする。だから、今はノブが可愛くて仕方がないし、一緒にいることが楽しい。毎日がとても幸せだと感じている。もし他のお母さんたちの中で、ご主人の理解が得られず、つらい思いをしている人がいたら、知って欲しい。ぼくも息子といて楽しく思えるようになるまで15年かかった。だから、あきらめないで。関わりあい方がわかれば、コミュニケーション方法がわかれば、父親はきっと変わるから」。

もちろんその頃の主人にも愛情はたくさんありました。ただ関わり方がわからなかったのでしょう。この主人の言葉をすべてのお母さんに贈ります。

我が家はこれからもずっと「自閉症ノブ」を中心に、他の家庭とは一味違った生活を繰り返していくことでしょう。そして、その周りに彼を知って、理解してくれる愛すべき隣人たちがどんどん増えていくことを心から願っています。

ああ、10年前ですねぇ~。打ちながら、これを書いたときのことを思い出して、ちょっと涙が・・・(~_~;)sweat01

でも、この頃の思いと現在の思いは同じ。ノブの様子も同じ。そして嬉しいことに、この頃願ったような、ノブを知って理解してくれる人たちがドンドン増えて、ノブを取り巻く環境がこの頃想った形に実現していっていることは、とてもうれしいです。heart04

Photo

Photo_2

もう黄ばんだ2枚の写真。

これはいつも目に付くところに飾ってある、我が家の旅立ちの写真。

自閉症と判定を受けたノブを連れて、「自閉症の息子を育てる旅」に出発する、若き夫婦の写真です。

つらいことがあると、これを見て、また奮い立って育ててきましたっけ。

今では、いい想い出です。(*^_^*)heart04

ノブは元気に来週29歳の誕生日を、迎えます。彼の将来に、幸あれ!note

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コメント

こんにちは!
いつも拝見させていただいています。

「光とともに」のあとがきは本で読ませていただいていましたが、改めて読ませていただきました。
思わず涙が浮かんで・・・。
続きのコメントを読ませていただいて、涙があふれてしまいました。

素敵な御家族ですね。
家もいつか今の状況がいい思い出になるといいなと思います。
ここのところへこんでしまうことが多かったので、元気を頂けました。
ありがとうございます。

投稿: やまっち | 2010年10月20日 (水) 17:50

私も、購読させていただいています。

太陽に対して今年の夏位から、少し大変だなぁweepと思い始めていました。
でも、今回の記事を読ませていただき、また元気が出ましたconfident
小さなことから、少しずつ・・・やっていきたいと思います。up

ありがとうございましたclover

投稿: ☆Himawari | 2010年10月21日 (木) 23:02

>やまっちさん

必ずいい想い出になります。
絶対に、笑顔で振り返れます。

いや、振り返る必要のないナイスな将来が待ってます。
そう信じて、今日の一歩を歩みだしてくださいね~(~o~)heart04

投稿: REIKO | 2010年10月23日 (土) 19:44

>☆Himawari さん

あまり先を観ないで、目の前の楽しみを拾い集めながら進んで行きましょう。

小さなことからコツコツと・・
ん?どこかで聞いたことがあるような(笑)note

投稿: REIKO | 2010年10月23日 (土) 19:47

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